心満たされる感謝習慣

失われゆく機能ではなく「ある」機能に光を当てる感謝習慣:介護ケアの視点

Tags: 感謝習慣, 高齢者ケア, 介護現場, 身体機能, 自己肯定感

高齢者の心身を満たす「体への感謝習慣」の重要性

介護の現場では、高齢者の身体機能の維持・向上を目指したケアが多く行われます。しかし、加齢とともに身体機能が衰えていく過程で、ご本人が無力感や喪失感を抱くことは少なくありません。この状況において、失われゆく機能に焦点を当てるだけでなく、「今ここにある」身体の機能に目を向け、感謝する習慣を育むことは、高齢者の精神的な豊かさを育む上で非常に重要な意味を持ちます。

日々の生活の中で当たり前だと思っている体の機能、例えば「自分の足で立つことができる」「手で物を持つことができる」「食べ物の味を感じられる」といった一つ一つに意識を向け、感謝の念を持つことは、残存機能への気づきを促し、自己肯定感や活動への意欲を高めることにつながります。これは、単なる精神論ではなく、ポジティブな感情が脳機能や身体機能にも好影響を与えるという、心理学や脳科学の知見からも示唆されています。介護に携わる専門職として、このような「体への感謝習慣」をケアに取り入れる視点を持つことは、高齢者のウェルビーイング向上に貢献する有効なアプローチと言えるでしょう。

なぜ「ある」機能への感謝が重要なのか

高齢期における身体機能の低下は、自己肯定感や社会参加の機会を減少させる要因となり得ます。特に、かつて難なくできていたことが困難になる体験は、深い喪失感や自信の低下を招くことがあります。このような時、どうしても「できないこと」に目が行きがちですが、「ある」機能に意識的に感謝することで、視点を肯定的な側面に転換することができます。

具体的な感謝習慣の実践方法と介護者のサポート

「体への感謝習慣」は、高齢者ご本人が意識的に行うだけでなく、介護者が日々のケアの中で優しく促し、サポートすることが効果的です。以下に具体的な実践方法と介護者の関わり方のヒントを示します。

  1. 日常動作の中での気づきを促す

    • 実践: 食事の際、歩行時、着替えの際など、普段の生活動作の中で「体が働いていること」に意識を向ける。
    • 介護者サポート:
      • 「ご自分でしっかりとスプーンを持つことができていますね。素晴らしいです。」
      • 「今日はここまで、ご自分の足で歩いてこられましたね。足がしっかりと支えてくれて、本当にありがたいですね。」
      • 「お洋服を腕に通す動き、スムーズにできていますよ。体が頑張ってくれていますね。」
      • 具体的な動作を褒め、それが体のおかげであることを穏やかに伝えます。
  2. 身体感覚への感謝

    • 実践: 触覚、温覚、冷覚、味覚、嗅覚など、体で感じられる感覚に感謝する。
    • 介護者サポート:
      • 「お風呂に入って体が温まるって気持ち良いですね。体が温かさを感じられるって、本当にありがたいことです。」
      • 「このお味噌汁、美味しい香りがしますね。鼻がしっかりと働いてくれています。」
      • 「触ると柔らかいですね。こうして物に触れて感触を感じられるって、素晴らしいですね。」
      • 感覚を感じた時に、その感覚に感謝する言葉を添えます。
  3. リハビリ・機能訓練との連携

    • 実践: リハビリや訓練中の小さな進歩や、体が動いてくれたことに感謝する。
    • 介護者サポート:
      • 「今日のリハビリで、昨日よりも少し膝が曲がるようになりましたね。体が一生懸命応えてくれています。ありがとう、という気持ちになりますね。」
      • 「この体操、腕がしっかりと上がっていますよ。腕が動いてくれるおかげですね。」
      • リハビリの効果だけでなく、体を動かすことそのもの、体が応えてくれたことへの感謝を共有します。
  4. 「体への感謝ノート」やリストの活用

    • 実践: 日々、自分の体の「ありがたい」と感じた部分や動作を書き出す。
    • 介護者サポート:
      • 「今日はどんな体の動きに感謝できそうですか?例えば、朝顔を洗えたこと、お茶を飲むことができたことなど。」
      • 「一緒に『体への感謝リスト』を作ってみましょうか。『朝、目が覚めた』『ご飯が食べられた』『暖かいと感じる』など、どんなことでも良いのですよ。」
      • 書くことが難しい場合は、聞き取りながら代筆したり、イラストを使ったりするのも有効です。
  5. 特定のケアを通じた感謝の促し

    • 実践: 清拭やマッサージ、爪切りなど、体への直接的なケアを受ける際に、ケアしてくれる人だけでなく、そのケアを受け入れられる体への感謝を感じる。
    • 介護者サポート:
      • 「今日もお体を拭かせていただき、気持ちが良いですね。体が綺麗になって喜んでいますね。」
      • 「マッサージで足が楽になりましたね。足がこうして反応してくれるのもありがたいですね。」
      • ケアを通じて体の状態に触れながら、労いと感謝の言葉をかけます。

感謝習慣がもたらす具体的な効果

体への感謝習慣は、高齢者の心身に様々な良い影響をもたらす可能性があります。

サポートする際の注意点

体への感謝習慣をサポートする際には、いくつかの注意点があります。

まとめ

高齢者の身体機能への衰えは避けられない側面がありますが、その中で「ある」機能に目を向け、感謝する習慣を育むことは、心の豊かさ、自己肯定感、そして日々の生活への意欲を高めるための強力なアプローチとなります。介護に携わる皆様が、日々のケアの中で、高齢者ご本人が自身の体に優しく感謝の気持ちを持つことができるよう、温かい言葉がけや具体的な活動を通じてサポートすることは、高齢者のQOL向上に大きく貢献するでしょう。失われゆくものに嘆くのではなく、今ここにある命と体に光を当てる感謝習慣は、高齢者の晩年をより輝かしいものにするための、心満たされる介護ケアの視点と言えます。