感謝習慣で良好な家族関係を築く:介護士が実践できる橋渡しケア
感謝習慣が拓く、高齢者とご家族の新たな絆
日々の介護業務において、高齢者ご本人のケアはもちろんのこと、ご家族との連携や関係構築も重要な要素となります。高齢者の精神的な豊かさを育む感謝習慣は、ご本人だけでなく、その周囲を取り巻く人間関係、特にご家族との関係性にも良い影響をもたらす可能性を秘めています。
感謝の気持ちを表現したり、日常の中の小さな幸せに気づいたりする習慣は、心を前向きにし、他者への肯定的な関心を高めます。これは、時に複雑になりがちな高齢者とご家族の関係において、新しい風を吹き込むきっかけとなり得るのです。本記事では、感謝習慣が高齢者とご家族の関係にもたらす効果と、介護専門職としてその「橋渡し役」を担うための実践的なサポート方法をご紹介します。
なぜ感謝習慣がご家族関係に良い影響を与えるのか
感謝習慣が高齢者ご本人にもたらす精神的な安定や幸福感の向上は、結果としてご家族との関わり方にも変化をもたらします。
- 高齢者自身の肯定的な変化: 感謝の習慣を持つことで、高齢者の方々は自身の状況や周囲の人々に対して、より肯定的な視点を持つようになります。これにより、不満や要求ばかりでなく、感謝や喜びを表現する機会が増え、ご家族とのコミュニケーションが穏やかになる傾向が見られます。
- 感謝の伝播: 高齢者から発せられる感謝の言葉や態度は、ご家族にとって大きな支えとなります。日々の介護やサポートに対する感謝を受け取ることで、ご家族は自身の労力が報われたと感じ、関係性に対する肯定的な感情を深めることができます。
- 共通のポジティブな話題: 感謝の対象や日々の小さな幸せについて話すことは、ご家族間のポジティブなコミュニケーションを促進します。「今日、〇〇さん(ご家族)が来てくれて本当に嬉しかったよ」「このお花を見ていると元気をもらえるね、ありがとう」といった具体的な感謝の表現は、会話のきっかけとなり、温かい雰囲気を作り出します。
- 互いの存在への再認識: 感謝習慣を通じて、高齢者はご家族の存在の大きさや日々のサポートのありがたさを改めて認識します。同時に、ご家族も高齢者の感謝の気持ちに触れることで、単なる「要介護者」としてではなく、感情豊かな一人の人間としての高齢者を再認識することに繋がります。
介護士ができる「橋渡しケア」としての具体的なサポート方法
介護専門職は、高齢者ご本人とご家族、双方と日常的に関わる立場にあります。この強みを活かし、感謝習慣をご家族関係の向上に繋げるための「橋渡し役」として、以下のようなサポートが考えられます。
1. 高齢者ご本人の感謝の気持ちを引き出す・表現を促す
これは感謝習慣の基本的なサポートですが、特に「家族への感謝」に焦点を当てて促すことが重要です。
- 具体的な声かけ:
- 面会や電話の後に「今日、〇〇さん(ご家族)とお話しされて、どんな気持ちになりましたか?」「〇〇さんが差し入れてくださった△△、美味しいですね。どんなお気持ちで受け取りましたか?」
- ご家族の最近の行動について「この間、〇〇さんがお洗濯物をきれいに畳んでくださっていましたね。どんなお気持ちですか?」
- 過去の思い出を振り返る際に「若い頃、ご家族の方に助けられたこと、嬉しかったことはありますか?」
- 感謝を表現する機会の創出:
- 絵手紙や短いメッセージカードにご家族への感謝を書いてみる活動を提案する。
- ビデオ通話の際に、事前に「〇〇さんに伝えたい感謝の気持ちはありますか?」と尋ねておく。
- 感謝日記の中に、ご家族の良い点やしてもらったことを書き出す項目を設けるサポートをする。
2. ご家族へ高齢者の「感謝の兆し」を伝える
ご家族は、高齢者の施設での生活の全てを知るわけではありません。介護士が日々のケアの中で気づいた高齢者の感謝の言葉や、感謝に関連するポジティブな変化を伝えることは、ご家族に安心感や喜びを与え、高齢者への肯定的な関心を高めます。
- 具体的な伝え方:
- 「今日、△△様(高齢者)が『息子さんが来てくれて本当に元気が出た』と、とても嬉しそうにお話しされていましたよ。」
- 「〇〇様が感謝日記に、娘さんが若い頃作ってくれたお弁当のことを書いて、とても懐かしんでいらっしゃいました。心に残る思い出なのですね。」
- 「最近、□□様がよく『ありがとう』と口にされるようになりました。私たちスタッフにも、ご家族にも、自然と感謝の気持ちが湧いてきているご様子です。」
- 感謝習慣の意義をご家族に説明: 感謝習慣が高齢者の精神安定やQOL向上に繋がることを、具体的な事例を交えて説明することで、ご家族も感謝習慣への理解を深め、協力的な姿勢を持つことに繋がります。
3. ご家族と一緒にできる感謝習慣を提案する
ご家族が高齢者と共通して取り組める簡単な感謝習慣を提案することで、触れ合う機会やポジティブな交流を増やすことができます。
- 提案の例:
- 面会時に、一緒にその日あった良かったこと、感謝したいことを一つずつ話し合ってみる。
- 感謝の気持ちを込めた写真や短いメッセージを交換する。
- 一緒に感謝に関する歌を歌ったり、詩を読んだりする。
- ご家族が作った料理や持ち物に対して、一緒に感謝の言葉を伝える。
感謝習慣がもたらすご家族関係への具体的な効果(事例)
- 事例1:会話の増加と質の向上 以前は体調の話や要望ばかりだった面会時の会話が、「今日の夕日がきれいだったね、ありがとう」「〇〇さんがいつも優しくしてくれて、感謝しているよ」といった感謝に関する話題が増えたことで、会話が弾み、笑顔が増えた。
- 事例2:ご家族の介護負担感の軽減 日々の介護に追われ、精神的に疲弊していたご家族が、高齢者からの「いつもありがとうね」「あなたのおかげで安心して過ごせるよ」といった感謝の言葉を受け取ることで、自身の努力が認められたと感じ、心の負担が和らいだ。
- 事例3:互いの理解と尊敬の深化 高齢者が過去の経験の中でご家族(例えば配偶者や兄弟)に感謝していることを語るのを聞き、ご家族が高齢者の人生観や人柄を改めて理解し、尊敬の念を深めた。
サポートする際の注意点
感謝習慣の導入やサポートは、デリケートなご家族関係に配慮しながら慎重に進める必要があります。
- 感謝の「強要」は避ける: 感謝は自発的な感情です。「感謝しなさい」「ありがとうと言いなさい」といった強要は逆効果です。あくまで自然な形で、ポジティブな側面に気づき、感謝の気持ちを表現することを優しく促すスタンスが重要です。
- ご家族の状況を理解する: ご家族もそれぞれ様々な事情や感情を抱えています。介護の負担、過去のわだかまり、病気への不安などがある中で、感謝習慣を提案するタイミングや言葉遣いには十分な配慮が必要です。
- 小さな変化も肯定的に捉える: 劇的な変化はすぐに現れるとは限りません。高齢者の方が少しでも感謝の気持ちを表したり、ご家族との関わりの中で穏やかな表情を見せたりといった、小さな変化を見逃さず、肯定的に捉え、根気強くサポートを続けることが大切です。
- プライバシーへの配慮: 高齢者やご家族の個人的な感情や関係性に深く立ち入りすぎないよう、適切な距離感を保ちます。
まとめ
感謝習慣は、高齢者ご本人の心の健康を育むだけでなく、ご家族との関係性を豊かにするための有効なツールとなり得ます。介護専門職は、日々のケアの中で高齢者の感謝の気持ちを引き出し、それを上手に「橋渡し」することで、ご家族との間に温かいコミュニケーションと理解を促進することができます。
感謝の習慣が紡ぎ出すポジティブな連鎖は、高齢者の生活の質を高めるだけでなく、ご家族の精神的な負担を軽減し、介護に関わる全ての人々にとってより良い環境を作り出すことに繋がるでしょう。ぜひ、日々の業務の中で、感謝習慣を活かした「橋渡しケア」を実践してみてください。